PHSとウィルコムの正念場


◇絶好調ですね。昨年末には加入者数過去最高を記録し、さらに400万加入の大台に向けて驀進を続けるウィルコム。新端末も一挙に6機種投入し、そのうちの1機種、日本発の本格的スマートフォンであるW-ZERO3は予想を超える売れ行きだそうです。これは、おそらく誰がどう見ても、「ウィルコム、そしてPHSの華麗な復活」と見ることが出来るといえましょう。

◇しかし、そんな状況の中、ちょっと不安を感じる私がいたりします。定額プラン開始。過去最高レベルの純増を連月たたき出す姿。各種メディアへの露出増加。そんな快進撃を見ていても、漠然とした不安を感じている私がいます。むしろ、徐々にその不安は大きく、現実的なものになりつつあります。今回はそんなお話。

◇ウィルコム、いや、その前身であるDDIポケットは、過去何度も、窮地を経験してきました。例えば、feelH”。構想を練りに練り、足並みのそろわない提供メーカ間の調整をもクリアし、マルチメディアを売りとする端末群を一斉投入。しかし蓋を開ければ、投入直後にも進む純減行進。当時のDポファンたちが肝を冷やした数ヶ月でもあります。実際、当時投入された、本文への色つけや画像貼り付け、音楽添付が可能な、ドコモのデコメールの走りとも言える「ドラマティックメール」は新端末からは跡形もなく消えうせ、業界初の音楽ダウンロードサービス「Sound Market」はサービス停止。しかし、そんな窮状にあっても、私自身は、さほど危機感を感じていなかった気がします。

◇その他にも、ドコモのp-in comp@ct投入時のデータ顧客の一斉解約や、@Freed開始時のAIR-EDGE急ブレーキなど、思い当たる窮地はいろいろありますが、いずれのときも、それほど強い危機感は感じていなかった気がします。

◇しかし、今、この絶好調のさなかにあって、強い危機感を感じる私がいます。

◇音声純減のさなかにあっても、そのとき私は、PHSのデータ通信インフラとしての圧倒的優位を感じていました。曲がりなりにも「メール無料」を実現できるインフラ力を見て、「通信インフラとしての優秀さ」を感じ、将来の強さを見ることが出来ました。また、@Freedの開始による純減を見ても、まだ不安感は感じませんでした。理屈はどうあれ、当時、始まってまもなく「AIR-EDGEは繋がる、@FreeDは繋がらない」と言う声が巷にあふれていたからです。Dポの作ったパケット網の優秀さを目の当たりにし、将来の展望はまだ明るいと感じていました。

◇そして、音声定額による加入者大幅増加。クチコミにより広がるウィルコムの評判。メディアで好意的に取り上げられる日々。しかし、そうしたものを見ても、私は逆に不安を感じてしまうのです。

◇それは、「実のない、虚の評判」と言うキーワードが付いてきます。どういうことかと言うと、今のウィルコムの評判には、「実」がないと思うのです。確かに、非常に安い価格で音声定額を開始しました。その裏には、ITXの整備と言う裏付けがあります。しかし、私には、それがどうも虚像にしか見えないのです。と言うのも、そもそもITXとは、NTT網経由の通信を自前のIP網に迂回させる装置。ただそれだけの装置。NTTへ支払う接続料は削減できるかもしれませんが、そもそもそのNTTへの接続料は、携帯他社では必要ないもの。つまり、「他社と同じ土俵にたつ」に過ぎない施策が、さも大改革のように取り上げられ、評判を形作っていると言うこと。そしてもう一つ、各種メディアでこれでもかと繰り返される「マイクロセルの優位」、これについても、元から何も変わっていないことであり、そもそもAIR-EDGEと言うサービスが実現できた一つの理由でもあったはずです。しかしながら、ウィルコムは音声定額開始後、ことあるごとに「マイクロセルにより音声定額が実現できた」と強調します。そこで私は考えるのです。「他社にマイクロセル構成が出来ない理由はないのではないか」と。特に、パワーコントロールのあるCDMA系では、さほど大きな技術的革新の必要もなく、マイクロセルは導入可能です。必要なのは、(巨大携帯キャリアにとっては)ほんのわずかなお金と、「時間」だけ。

◇ここまで書けば、私が何を言いたいのか、お分かりかと思うのです。つまり、音声定額、ウィルコムに出来て他者に出来ない理由はない、と言うことなんです。「時間」さえかければ、他者にも簡単に追随できるサービス、それが「音声定額」の正体。時間が解決するウィルコムの評判、優位性、これは、確実に爆発する時限爆弾を抱えたバブルのように、私には見えるのです。そして、この「バブル」と言うキーワードこそ、先ほどの「虚の評判」と言うキーワードと結びつきます。80年代のバブルは、ただ「土地や株は値上がりする」と言う虚の評判を信じた人たちがひたすらに投資し続けたために起こり、そして、その虚の評判が虚であったことが露見した瞬間に一瞬にしてはじけ消えてしまいました。最近の話で言えば、1990年代後半のアメリカでのITバブルや、つい最近はじけたライブドアバブルも、まさに「虚を虚と見抜いた瞬間」にはじけました。そして、私はウィルコムがそうならない理由が思いつかないのです。

◇私がこのように思う原因の一つとして、やはり、ここしばらくのウィルコムの音声関係の施策が、実は「料金施策」に過ぎない、と感じるからです。確かに元々マイクロセルによる優位性はあったかもしれませんが、それよりも、そもそも加入者が少なくネットワーク容量が余り気味であったから、音声定額を強引にスタートさせることができた、と言うように見えてしまいます。音声定額開始時に実はまだITXによる省コスト化は出来る状態ではなかった、と言う情報も、私を困惑させた一つです。そしてそれと同時に私が感じているのが、「データ通信インフラ」としてのPHSが、まさに忘れ去られようとしていることです。これが、私の漠然とした不安感のもっとも大きな部分なんです。feelH”の時も@FreeDの時も、私はウィルコムのデータ通信インフラとしての優秀さを見出し、将来性を疑うことはありませんでした。2004年末の時点でも、同じように、データ通信インフラとしての優秀さによる将来のビジョンを見ていました。しかし、突然の音声回帰。AIR-EDGEの実現には当然必要だったマイクロセルと言う優位性を、ここで突然強調し始める姿に、なにか「虚」を見てしまった、と言うのが、私の実際の心情です。8PSKや16QAM、64QAMなどの高度化PHSの実現が近づいていても、それによる最高速度、1Mbpsなど、他社3Gはさっさと飛び越え、3Mbpsから15Mbpsへと通信速度を上げていきます。次世代PHSについても、まだ全貌どころか片鱗さえ見えない状況。最大20Mbps以上を実現する、と言う広告文句さえ、私には「ウィルコムバブルを維持するためのリップサービス」にしか見えなくなっています。と言うように、他社がデータ通信インフラとしてのスペックをどんどん上げていくなか、ウィルコムだけが取り残されているように見える、と言うのが、私の不安感のもっとも大きな部分です。そして、他社がデータ通信インフラ提供者として優秀たらんとすれば、おのずとネットワーク容量的に有利なマイクロセル化を都市部に施すでしょうし、そうなれば、データよりも負担の少ない音声の定額はすぐに実現可能です。莫大な利益と膨大な預金を持つ既存3キャリアなら、少々の値下げは企業存続にはそれほど大きな問題ではなく、無線容量さえ確保できるなら、明日にでも、ウィルコムと同じレベルの定額サービスを始められると、私は思うのです。

◇それに加えて、新規キャリアの動きもあります。特に、真っ先にサービス開始を考えているアイピーモバイルの動きが、問題です。アイピーモバイルは、当初からAIR-EDGEより安いレベルの定額データを、しかも数Mbpsと言う速度で始める、と公言しています。私は、これが実現可能かどうか、と言う話ではなく、実現してしまうのだろう、と思っています。というのも、アイピーモバイルには「ノウハウが無い」からです。この、ノウハウが無い、と言うのが実は恐ろしいことで、と言うのも、「どの程度の料金にすればどの程度の利用頻度の利用者がどの程度の数集まるか」と言う見積もりが出来ない、と言うことであり、「無線品質を保つため」を基準に価格を決定できない、逆に言えば、「他社に対抗できる価格」と言う判断基準しかなくなる、と言うことだからです。つまり、品質度外視(と言うより品質基準がない)でAIR-EDGEに対抗できる価格でサービスを開始する可能性が高いのです。おそらく、無線容量は逼迫し、地域と時間によっては使い物にならない、と言う事態も起こるでしょうが、そうなる前に、ウィルコムからのユーザの大量流出が起こるでしょう。これをどう見ているのか、と言うのが、私には伝わってこないのです。音声定額によるバブルを追い続け、こういった事態に備えるデータ通信施策が全く見えない状態、これが、今の私の不安感の一つです。

◇つまり私が言いたいのは、「ウィルコムはかつて無いほどの窮地に、今立っている」と言うことです。音声定額が他社に真似できない唯一無二のサービス、と言うのは実は虚の評判で、時間さえかければ他社が追随できないものではなく、そのバブルはいつかはじける運命。一方、データ通信に関してはこのままでは新規参入事業者やそれに対抗する既存事業者の新サービスに市場を食われるのは必至で、早期にデータ通信に関する飛躍的なサービス・技術の革新が求められる状況。にもかかわらず、すべてのベクトルは「音声定額」の方に向いているわけで、これが、私が「ウィルコムが窮状にある」と述べる理由だったりします。

◇アステル系はほぼ全滅し、ドコモもPHS撤退。そんな中にあって、PHSという技術の存続と発展は唯一ウィルコムにのみよっているのですが、まさにそのウィルコムが音声定額バブルの真っ最中。今こそが、ウィルコムと、そしてPHSの正念場だと思う私は、ぜひウィルコムさんに、音声定額バブルをバブルとしてはじけさせず、かつ、きちんと実のあるサービスとインフラの拡充をして欲しいものだと思っていたりします。といったところで、本コラム、これにて。



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