無線通信のよりどころ~電磁波について考える


◇無線通信というものを考えたとき、絶対に必要欠くべからざる重要な物理現象、といえば大方察しがつくと思いますが、それが電磁波というもの。現在存在するあらゆる無線通信は、ほとんどが電磁波に依っています。代表的な電波による通信はもとより、赤外線やレーザーもすべて電磁波である訳です。ということで、少々気が重いながらも(ガビーン)、せっかくの第五十回ですので、今回は原点に戻って電磁波について考えてみましょう。

◇のっけから気が重い、なんていうのにはわけがあって、実は私、学生時代もっとも苦手だったのが電磁気学だったんですね。そんなんでよくアンテナがどうとか偉そうに言ってやがるな、と思う向きもあるかと思いますが、そこはそれ、えーと、見なかったことに。ダメ?。ってことで、電磁気学に対する不得手感をぬぐえないまま話を始めてしまいます。

◇電磁波というのは、波の一種です。波というのは、何らかの物理量が何らかの媒体上を伝播していく現象のことです。電磁波においては一体何が伝わっているのかというと、それは「電界(電場)」と「磁界(磁場)」です。電界とか磁界とかってのは一体何なのか、と説明を求められると、私自身端的に表現する言葉を知りません。たとえば電子(あるいは電荷を持った質点)の運動との兼ね合いで、「電場は電子を直接加速する、磁場は運動している電子の軌道を曲げる」というような言い方もあったりしますが、これでは何のことやら訳が分かりません。話をややこしくしているのは、電子のように電界を直接的に発生させる単一の電荷を定義できるようなものが、磁界に対してモノとして存在しない(概念上はモノポールと呼ばれている)からなんですが、まぁ私の電磁気学嫌いもこの辺が発祥のようです。いかにも対称的な概念に見える電界と磁界が、どうも何か根本的に違うらしい、というのが気持ち悪くて・・・と、私の電磁気学嫌いの原因を探るコーナーじゃなかったですね、すみません。

◇この二つの関係、なんですが、変動する電界は磁界を生み、変動する磁界は電界を生みます。で、上でもちょこっと書きましたが、この二つの効果が全く対称に見える、つまり、電界と磁界をそっくりそのまま入れ替えても誰も気づかないような関係になっているんです。さてお立ち会い。まず、ものは試し、電界を変動させてみましょう。すると、それによって磁界が生まれます。生まれる磁界の強さは電界の変動量によって変わります。電界を徐々に、不等な増分で変化させていくと、当然生まれる磁界も変動します。すると、磁界が変動したことによって電界が生み出されます。そしてその電界が変動することで磁界が・・・磁界が変動して電界が・・・と永遠に続きます。はい、出てきました。これが電磁波です。このように、電界と磁界がお互いに誘起し合いながら空間中を伝わっていく現象が電磁波と呼ばれています。この辺のことを明らかにしたのが、かの有名な(そして私の大嫌いな)マクスウェル先生。彼の考案した電磁気方程式(マクスウェル方程式)からある重大な結論が導かれたりします。それが、「電磁波の伝播速度は光源の運動によらない」ということで、まぁぶっちゃけ真空中の電磁波の伝播速度は一定である、というものだったりします。

◇さて急に話題を変えます。このように物理的な現象の一つとして電磁波というものが発見された当時、この手の波動というものは必ず媒体を必要とするものだ、というのが定説でした。当然、電磁波の媒体探しが始まるのですが、何しろ、真空中でも伝わってしまうことが分かっている相手です(太陽の光は1億5千万キロメートルもの真空の隔たりをものともせずにやってきますしね)。媒体探しは難航しました。そこで、当時の人は「エーテル」なるオモシロ物質を考案しました。これは、電磁波を伝える媒体でありながら、その他の通常物質には一切の影響を与えないというシロモノです。このエーテルが、観測にはかからないけれども真空を含む全宇宙を満たしているという仮説が最有力となりました。そして、有名なマイケルソン・モーレーの実験です。これは、一言で言うとエーテル(または絶対静止座標)の存在を確かめるための実験だった訳ですが、果たして、エーテルなんて存在しないことが立証されてしまいます。そういうわけで、苦し紛れに「電磁波は空間自体を媒体にする」なんて言い方がされていたりします。また、この不可思議な性質を説明するために、先ほどの「電磁波の速度は一定」という理論を一歩進めて、「どんな(慣性)運動をしている人から見ても電磁波の速度は一定」という原理を打ち立て、相対性理論が生まれたというのは有名な話。

◇一方ほぼ同じ時期に、電磁波(光)に関する面白い現象が観測されます。それが「光電効果」。金属面に光を当てると電子が出てきちゃう、というやつです。んで、この電子、光の周波数により出てきたり出てこなかったりするだけで、周波数の条件が合わなければどんなに強い光を当てても出てきません。これが一体なぜなのか、光(電磁波)は波動の一種、つまりまんべんなくぼんやりとエネルギーが伝わっているだけのはずなのだから、周波数が低くてもたくさんエネルギーを与えれば電子が出てきてもおかしくなさそうなものです。ここで出てくるのがアインシュタイン。後にノーベル賞をとることになった説が「光量子仮説」です。これは、簡単に言うと、電磁波は粒子としての性質も持っている、という仮説で、現在では量子力学等の現代物理学にしっかりと組み込まれた理論です。

◇こういうように、電磁波というのは波であり、粒である、という何とも奇妙なモノだったりします。で、これ、周波数によって粒の性質が出やすくなるとか、波の性質に近くなる、とかそういうものではありません。どんな周波数でも同じ、ただ、観測しやすいかし難いかという差がある程度です。

◇さて、この電磁波がなぜ通信に使えるのか、ということですが、これは、きちんと送信・受信する技術が整っているから、です(アタリマエ)。まず、赤外線以上の光と呼ばれる高周波の電磁波についてですが、こちらは半導体を使って、光と電子が直接干渉しあって変換される仕組みを利用しています。これは、先ほど出てきた「粒子」としての性質を利用したものです(例外はもちろんありますが)。一方、普通に「無線」と言ったときに使われるマイクロ波以下のいわゆる「電波」については、「アンテナ」と呼び習わされる導電性の開放回路上に、電磁波の波の「山と谷」が上手くぶつかり共振するように仕向け、そこに発生する電圧を取り込むことで受信します。送信はその逆で、電気回路からアンテナに対して山と谷を発生させるような電圧変動を与えることで送信しています。ぶっちゃけ、「電波」と言ったときは「波」の性質を上手く使って送受信させている訳です。これにはそれぞれ一長一短があり、たとえば粒子としての性質を使う場合は、真っ直ぐ飛ぶという性質、波としての性質を使う場合は障害物を幾何学的に回り込めるという性質、といった特徴がそれぞれあったりします。

◇そういうわけで、ようやく電磁波とは何物か、という説明が出来た気がしますが、えーと、アレです、最近話題の、電磁波の被害がどうとか、あの話もちょこっとふれておきましょうか。いや、この話題は極めてデリケートで、実際結論を得るまではまだまだ多くの研究を必要とするので、ここで断言的に「電磁波は有害だ」とか「無害だ」とか言い切ることが出来ないので、ちょっと困っていますが、まぁ一般論として進めてみましょう。

◇簡単な話として、電子機器への影響について。これについては、実に研究がしやすく、また実験の再現性も非常に高いため、かなり理論として確立されています。この電子機器への影響について、語弊を恐れず大胆な説明をしちゃって良いですか?いいですか。はい。えーと、電子機器内には配線がたくさんあります。そんな配線が、アンテナとして働いているんです。シールドが甘く、電磁波が進入し、回路の一部に電圧を発生させることがある訳です。もちろん、たいていの場合、電気回路は複雑なのでいろんな場所にいろんな向きで電圧が発生するため、結果としてキャンセルアウトされることがままあるのですが、運悪くキャンセルされずに非常に電圧変動に弱い素子にその電圧が入り込んでしまうと、あわれ、電子機器の誤作動、となってしまう訳です。こういった影響を無くすため、特に重要な電子機器では、そもそも小さな電圧変動に強い素子を使う、シールドをしっかり作る、回路の幾何学的配置を工夫して電磁波の影響をキャンセルできるように設計する、などといったことが為されています。少なくとも、最近の人命に関わる電子機器はこれらの耐電磁波設計に加えて二重三重のフェイルセーフ機構が組み込まれているはずです。まぁ、そういうわけで、完全にないとは言いきれませんが、少なくとも携帯程度の電磁波で誤作動を起こして人命に関わった、という事故は、全く聞くことがありませんね。

◇でお次に出てくるのが、いわゆる健康被害という奴です。まず最初に断っておきますが、たとえば電子レンジに猫を入れて殺しちゃう、なんて話でもお分かりの通り、非常に強い電磁波は、どんな周波数帯でも多かれ少なかれ健康被害があります。また、極めて(量子)エネルギの高い電磁波、すなわち紫外線からX線以上のものは、強度が小さくても大きな被害を及ぼします。これらは当然のこととして片づけておいて、現状デリケートな部分、いわゆる携帯・PHS程度の周波数・強度の電磁波についてここでは考えてみましょう。

◇で、電磁波の健康被害と言っても全く様々あるわけですが、たとえば直接体温が上昇するとか神経系に電位が発生してしびれちゃうとか、そういった直接的な被害については、まぁなんといいますか、なっちゃえば分かるから別に良いじゃん(いや、良くないけど)ってことで、一番わかりにくくて不気味な、いわゆる「DNAへの損傷作用」について考えてみましょうか。一般に電磁波問題っていうと、このまだまだ解明できていない問題が重要視されていますし(電位による感電や直接熱効果についてはかなり研究が進んでいて、日本における規制はすでにこれらを反映されています)。

◇まず、DNAが損傷を受ける、と言ったとき、どういったものを考えるのか、と言うことですが、電磁波そのものがDNAの鎖構造を断ち切っちゃう(んで別の変なところにくっついちゃう)、または、DNAの複製過程でその邪魔をする、と言った影響が考えられます。これは、もう少し問題を単純化すると、DNAの鎖機構を断ち切る=DNA鎖の共有結合を破壊する、と言う問題と、複製過程の邪魔をする=DNAの水素結合に影響を与える、と言う言い方に分けられます。というのが、DNAの鎖方向はほとんどが共有結合で、複製時の真ん中から分裂する奴(竹を割るように)のくっついている部分がほとんど水素結合だから、と言う私の勝手な単純化の結果です。

◇さて、ここで問題は、共有結合と水素結合の強さ。えーと、普通の単位を使うとなんか訳の分からないほど小さな数字になってしまうので、ここは心を鬼にしてeVなる単位を使わせていただきます。取りあえず「なんだかわかんないほど小さなエネルギを扱う単位」と思ってください。んでこの単位であらわすと、共有結合の結合エネルギがだいたい4~5eV。水素結合が0.1~0.2eV。ずいぶん大きさが違います。これを前提に、携帯・PHS程度の周波数・強度の電磁波が危険かどうかを調べてみましょう。

◇まず、量子的な影響を見ましょう。要は、光量子一発がどれだけダメージになり得るのか、と言う、電磁波の粒としての性質による影響です。これを、2GHzの電磁波について求めると、その数字8.27μeV。「μ」に注意。つまり、えーと、水素結合と比べても、5ケタも小さな数字です。ということで、取りあえず電磁波の「粒」がDNAを断ち切るとか複製過程に影響を及ぼすと言うことはありえない、と言えそうです。ちなみに、発ガン・白血病の危険が認められているX線は、量子の運動エネルギが1000eVを越えるような強力な電磁波で、光子の一発でDNA鎖を断ち切ってしまうくらいのエネルギを持っていたりする訳です。

◇次に、それが粒ではなく、波として、つまり、時間的・空間的に平均したときに、どれだけのエネルギがそこにかかってくるのか、を調べます。平たく言うと、「粒一発はそんなに危なくないけど、それが連続的に当たりつづけたときに大丈夫かな?」と言うことです。これを見積もるには、DNAの原子がどの程度の大きさの中でお互い結合しているかと言うことを知る必要があります。今、ちょっとネットで調べたらその大きさのデータがほとんど手に入ってしまいました。が、重要なのは細かい数字ではなく、その大体の大きさです。その大きさは、大きめに見積もってちょうど水素原子の直径と同程度。まず、簡単のためにその結合面に対して電磁波が垂直に照射されるとします。それが10%吸収されると考えてみます(1~2GHzの電磁波の生体への浸透深さなどのデータから考えると、実際はもう少し吸収効率は悪そうです)。たとえば、1Wの携帯電話から1m離れた位置だとすると、0.002eV/秒。一秒間に0.002eVと言う意味ですが、この大きさだと、100秒でもっとも弱い水素結合が影響を受けることになります。ただ、この場合、時々刻々と照射されたエネルギーはあらぬ場所へ拡散されてしまっている(熱伝達)ことを考えなければなりません。100秒と言えば2分弱。これだけの間エネルギが一ヶ所にとどまるのはなかなかありえなさそうな話です(何せDNAはおびただしい量の塩基が鎖状に繋がっているわけですから)。また、水素結合は先ほども言ったように、DNAの複製時に大きく関わってくる結合です。DNAの複製速度は、人間の場合で1秒当り50塩基と言われていますから、0.02秒。この複製の間に浴びる全エネルギは0.00004eV(40μeV)ですから、とても影響が有りそうには思えません。もっと強い共有結合ともなれば、絶対にエネルギが拡散しないと言う強条件でもそれを引き剥がすのに1時間近くかかってしまう計算になります。

◇なーんだ、それじゃ安全じゃん、と早合点するのはまだ早い。この計算は1Wの電波源から1m離れた位置での話。このエネルギーの大きさは、距離が近づけば2乗に反比例して大きくなります。もちろん、1Wと言う出力は携帯としては大きすぎるもの。せいぜい500mWというところですが、距離は耳にくっつけて使う、実際、アンテナからは2~3センチメートル程度の距離ですから、これを2cmで500mWとして計算し直してみましょう。先ほどの話のように、塩基の複製時間(0.02秒)中の照射全エネルギを求めると、0.05eVとなります。なんだ、これでも水素結合より1桁も小さいじゃん、楽勝楽勝。・・・と言うのは簡単ですが、これ、この手の物理現象を扱う視点から見ると、実は「たった一桁しか違わない」と見ることが出来る程度の差だったりします。言って見りゃ、携帯電話を耳に押し当てた状態でのその近所の皮膚の細胞内のDNAの水素結合は、その結合エネルギと同じ程度(たった一桁しか違わない)の大きさのエネルギをその複製過程の中で受けてしまっている、となる訳です。もちろん、最初の仮定(たとえば電磁波エネルギは10%吸収されるだとか)もかな~り甘目ですが、とはいえ、それでせいぜい1~2桁しか違わない数字がはじき出されてしまったわけですから、実はこの効果についてはかなり灰色であると言わざるを得ません。

◇もちろん、この議論は更に発展の余地があります。そもそも、水素結合・再結合が影響を受けることで本当にDNAに損傷が生じるのか、と言う問題もありますし、単にDNAが傷ついたくらいでは、大局的な遺伝子に与える影響は皆無であるという問題もあります(染色体中のDNAのほとんどが遺伝子に寄与しないいわゆる「ジャンクDNA」と言われています)。また、それによってガンや白血病が生じる確率がどうとか・・・とやり始めると複雑奇怪で理論上は全く結論を出せない、半ばトンデモ科学系の話になりがちである、と言うのが私見です(私のここまでの議論もほとんどトンデモ系です)。実際の影響については、非常に長いスパンでの疫学的調査が必要である、と言うのがこの道の専門家の共通認識ですが、昨今発表されているこの関連の研究成果、ほとんどが研究手法を完全に間違えているか、サンプルが少なすぎて有意な結果を導き出せないものばかりです。どの論文についても専門家からの評価はずいぶん低いようです。最近の例では、厚生労働省で公開されたある論文に対して、厚生労働省が後から「研究としては非常に信頼性にかける」として低評価を下したにも関わらず、マスコミはこの研究成果をこぞって採用したばかりか有らぬ方向に曲解して「厚生労働省が電磁波被害を認めた」と報道したのが有名なところです(そもそも研究結果は「電磁波被害を完全に否定することは出来ない」という程度の結論でしかなかったのに関わらず、です)。このように、電磁波問題における一番の問題は、マスコミによる誇大報道だったりします。また、それを受けての、一部市民団体による扇動だったりします。これらが、少なくとも心因性電磁波被害の第一原因であるところは疑う余地無しと言えます。また、上の議論では触れなかった基地局からの電磁波の影響ですが、これはお話にならないくらい小さい(上に述べたように距離の2乗に比例して影響が減少する訳で、1cmの位置で使う端末と10~100mの距離にある基地局の影響は、基地局の出力が端末の数十倍に及ぶと言うことを勘案しても実に何万分の一に満たない)ためにあえて無視した訳ですが、にもかかわらず、煽られて基地局撤去の訴えを起こしたり、とマスコミに躍らされる市民団体の行動は目に余るものがあります。

◇そして、最後になりましたが、携帯とPHSでは電力が違うため、PHSの方が安全であると言う議論、これも、定量的にはそうかもしれませんが、電力がせいぜい1.5桁しか違わないと言う事実を見れば、定性的には危険性は同じです。つまり、もし携帯電話が危険であると判断されたなら、その帰結としてPHSも危険であると結論しても、あながち間違った推論ではないと言えると考えられるのです。こういった理由から、私は、PHSを支持する理由の一つとして電磁波問題を取り上げることを忌避していたりします。電磁波問題については、私の中ではあくまで「携帯・PHS」とひとくくりであったりする訳です。もちろん、最終的にこの問題を、携帯とPHSを切り離して考えるか否か、は、件の「1.5桁の差」をどう感じるか、と言う、個人の感じ方の問題かも知れませんが・・・。

◇そういうわけで、まぁ非常にデリケートな問題ながらも、取り上げて欲しいと言う声がいくつか届いたことを期にこうやって文章にしてみましたが、いかがだったでしょうか。今後電磁波健康被害の研究畑に有意な変化が見られたときにはまた改めてコラムとして取り上げるかもしれませんが、この話は結構重いので、今後続編を希望されても書けない可能性が非常に高い、とあらかじめ断っておきつつ、本コラムこれにて終了とさせていただきます。



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