世界へはばたく!?PHS


◇さて、DDIポケットが台湾公衆電信との相互ローミングが可能になるというニュースが流れてからもうずいぶん久しくなりますが、意外と、このニュースを見るまで、海外でPHSが結構ヒットしているということを知らなかった人も多かったのかも知れません。私は、仕事柄、中国でPHS基地局の生産が追いつかないのでライン増設のための大量受注があった、なーんて話を漏れ聞いたりしていたこともあって、日本を除くアジアのほとんどの国でPHSが大活躍していることはうすぼんやりと認識していました。ということで、今回のお話は、世界にはばたくPHSということで行って見ましょう。

◇さてさて、例によってそもそもの始めから話をはじめることにしましょうか。そもそもPHS、この通信技術が生まれたのは日本です。当初はPHPという名前で規格化が進んでいて、一部の苦情(笑)を入れてPHSという名前になったという経緯はありますが、いずれにせよ、PHS(PHP)は日本で産声を上げました。

◇PHSの規格は、RCR STD-28として定められています。この規格はARIB、(社)電波産業会による標準規格で、別に世界共通規格でも何でもないわけですが、日本企業としてはこの規格を海外に持っていって商売すれば有利ですよ、という意味合いの強い規格群の一つとして定められたというわけです。そんなわけで、世界的に見れば言って見りゃ田舎規格に他ならないわけです。

◇たとえば、ARIBが主体になって定められた規格として、PDCがあります。この規格自体も、元々は海外で基礎は開発されていたものを、日本で拾い上げて独自のものにアレンジしたというような規格なのですが、日本における現在主流の携帯電話の規格はPDCになりました。IDOがcdmaOneを導入しようと考えたことを除けば、いかにARIBの規格が国内の通信規格決定に強い力を持っているかが分かるかと思います(それもそのはず、主要キャリアは当然ARIBの会員ですから)。

◇しかし、先ほども言いましたが、ARIBは世界的に見れば所詮田舎規格。海外での普及を狙っていくらか活動を行ってはいたようですが、結局、最終的な導入国は日本ただ一つとなってしまいます。一方で、世界を席巻している携帯電話規格はGSMで、次世代携帯電話の一つ、WCDMAは世界的普及を見たGSMをベースに作成されているため、日本にとっては非常に不利な状況となっているわけです(だからこそ世界で最初にサービスインして既成事実を作る必要があるわけで)。

◇とまぁ、ARIB標準規格であるPDCがこれだけ見事に失敗している現状、同じく素で失敗しちゃってるPHSなんて、世界じゃ見る影も無いのだろうと思われるところなのですが、これがちゃっかり普及し、むしろ一部では大人気を博しているというのです。

◇ここでPHSのコンセプトを今一度考えてみましょう。基本的には小さなマイクロセルでのエリア構成、コードレス電話または公衆電話の延長という考えからの移動性の低さ、などなどを考えるにつけ、いかにも狭い日本向けの規格だなぁという気がしませんか?。世界的に見れば、PHSよりPDCの方がよほどマシに見えてもおかしくなさそうな気がします。それなのに、なぜ、PDCではなくPHSが受け入れられたのか。そこには二つの理由があると考えます。

◇一つは、先ほどの二つの欠点を背負うことにより勝ち取った、圧倒的なコストメリット。あらゆる要素を簡素化できるようにしたことで、基地局の設置などインフラ整備や、運用に伴うコストが非常に低く出来るわけです。これは、外資に乏しい発展途上国にとってはかなりのメリットとなります。取りあえず携帯電話もあるけど、それにしても高くて普及しないなぁ、あ、安いPHSだったらちょこっとインフラ作れるし、安いから携帯にお金をかけられない人たちにも持てるのかも、なんて言う感じで、PHSは行ける、と判断されたのでしょう。

◇そして、もう一つ、実は上の段落中でもちょこっと出てきたんですが、アジアを含めた世界各国にはすでにGSMがしっかりと根づいています。そのGSMに対して、GSMとはまるで違う何か、を持ってくることで新しい市場が開けると考えるのは当然です。そうなると、日本でそこそこ売れているPHSを言うものが気になり始めます。PHSは、GSMが普及した国における、需要の微妙なスキマ、これを埋めるのにちょうど良い規格だったのです。一方、PDCはコンセプトはGSMと非常に似通っています。こうなると、わざわざPDCを持ってきてGSMにぶつけるよりはPHSを持ってきてスキマ需要をこそぎとった方が商売的にもオイシイというわけです。

◇このようにして、PHSは現在では27カ国で採用され、さらに7カ国でフィールド試験が行われています(www.phsmou.or.jpの資料より;ずいぶん前から同じ資料のままなので、今では結構増減があるかも知れません)。特に、日本に近いアジア地域では大いに躍進を続けているようで、中国などでは現在も凄まじい勢いで加入者が増えているようです。

◇そして、2002年にはPHSファンの誰もが待ち望んでいた発表が為されました。それが、PHSによる国際ローミングです。サービスを開始したのは台湾の大衆電信。日本でDDIポケットのネットワークを使ってローミングすることが可能になりました。そしてその発表から必然的に誰もが予想していた、DDIポケットの国際ローミングがついに2003年4月に始まります。もちろんお相手は、台湾大衆電信。

◇なんだ、台湾だけか、と思われるかもしれませんが、私は、これはほんのきっかけに過ぎないのではないかと思っています。台湾の対岸には、莫大なPHSユーザを抱える中国があります。台湾との国際ローミングがうまく機能すれば、おそらく次のターゲットは中国ということになるのではないかと思われます。さらには南アジアの各国、タイ・インド・シンガポールなども視野に入ってくるはずです。日本経済の圧倒的優位は揺らぎ、逆にアジア各国が力を付けてきて、今後は日本を含めた「アジア経済圏」という考え方が中心になって行くでしょうから、そういった中でシームレスに相互ローミングが出来るようになると、これはビジネスにとっても非常に有用だと思えます。

◇こういう動きの中で、国内で端末や基地局を供給してきた各メーカも、徐々にその目は海外に向き始めています。こうなると、心配なのは、海外向け端末の方が儲かるからとそちら中心になり、国内ユーザが見捨てられてしまうのではないか、という危険性です。これは、有り得る状況です。実際、私の会社でも、PHS関連機器の受注のほとんどはすでに中国向けです。何しろ、元々PHS技術はほとんど確立したもので、わざわざ国内で開発するまでも無く、実際は生産拠点を中国なりどこぞなりの海外に置いてしまえば、現地開発・現地生産も出来るようになるわけで、日本が完全に空洞化してしまう可能性だってあるわけです。また、キャリア(ネットワーク)にしても、ちょっと微妙な事情が絡んできます。いや、結果を先に言うと、国際ローミングを行うであろうキャリアは、DDIポケットしかあり得ないんです。ドコモは3Gを強力に推進していますから、当然WCDMA/GSMによる国際ローミングをメインターゲットにしています。この後に及んでPHSで国際ローミングということは考えもしないでしょう(それこそ、もしやるならDDIポケットを牽制するためだけとしか思えません)。一方のアステルは、今国内各事業者がバラバラで、破綻した地方まで出てくる状態、国内相互ローミングでさえ危うい状態であるわけです。しかも、ほとんどのアステル系事業者は、データ通信サービスの固定通信網とのセット売りに注力を始めています。事実上、PHS単売りを国内で唯一行っているDDIポケットだけが、国際ローミングという付加価値に興味を持ち得るんです。こうなると、国内での競争の無さがますますサービスの空疎化を招いてしまうのではないかと心配にもなります。

◇でも、こうやってアジアがどんどん元気になっていくことで、逆に日本の我々にとっても良いことが起こる可能性だって、十分あります。そう、自動車産業などではもうすっかりお馴染みになった、「逆輸入」です。この逆輸入、もちろん狭義は「日本で開発されたものを海外生産して日本に輸入・販売」なんですが、もう少し広く見れば、「日本で生み出された技術・文化が海外で花開き、それが海外で育てられて再び日本へ入ってくること」と言う意味にも使われますよね。もちろん、PHSの逆輸入といった場合も後者です。現在、日本ではあまりに少ないユーザ数のために、PHSの技術開発は非常に遅々としています。しかし、海外のPHSユーザが増えることで、メーカはスケールメリットを出しやすくなり、海外向けにどんどん新機種・新機能を開発しつづけるでしょう。特に、ドコモのiモード海外普及戦略によって、今、アジア周辺での携帯電話に対する価値観が大きく変わろうとしています。従来、通話できることだけを求められていた携帯電話に、それ以上の価値を求める下地が出来始めています。そうやって価値観の変遷の起こりつつある巨大市場に対して、当然、PHS陣営も同じような高付加価値の機能・端末を投入して行くことになるはずです。

◇そして、こうやって発展していったアジアのPHS、いつのまにか、日本のPHSを大きくしのぐ何かに変わっているかもしれません。その時こそが、逆輸入のときです。異なる文化の中でもまれて育て上げられたPHS、それが再び日本で強烈な光を放ち始めるときが来るかもしれません。そしてもちろん、その時は海外との連携にもっとも力を入れるDDIポケットが、その流れを引っ張っていってくれるはずです。

◇世界にはばたくPHS、例えはベタですが、それは、鮭の稚魚が故郷の河を旅立って大海原に出て行くようなもの。いつかきっと、立派な鮭となって帰ってくる日が来るかもしれません。いや、ぜひとも来て欲しいと願いつつ、本コラムお開きとさせていただきます。




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