コードレスから移動体へ~移動性について考える


◇今回はどんな話にしようかなぁ、と、実は今考えながら書いていたりするわけですが、最近よく外出先でのネット接続手段としてPHSの対抗馬として上げられる無線LAN、これがなかなかどうしてそこそこ人気があるようです。ところが、なぜ完全にPHSに取って代わってしまわないのでしょうか?これはちょっと不思議なところですね。

◇なぜか、と考えてみると、これが、「移動性」の部分でまだまだPHSには全くかなわないからでしょう。一方、移動性ではPHSの遥かに上をいくはずの携帯電話に対して、PHSは確実に食い込んでいっています。これは、PHSそのものの移動性が上がっていることを示唆しているのでしょう。ということで、今回は移動性の話にしてみます。

◇さて、無線システムを指す言葉として、「コードレス」「ワイヤレス」「移動体通信」などの言葉があります。これらの言葉の正確な定義は残念ながら私にはわかりませんが、イメージとして、コードレス=本来、線(コード)のあるべきところで電波などを使って線をなくしたシステム、ワイヤレス=電波などを使いある程度離れた場所から自由に接続できるシステム、移動体通信=電波などを使い、移動しながら、または移動した先でも通信が行えるようにしたシステム、という感じですよね。ですから、移動性としてはコードレス<ワイヤレス<移動体通信という感じだろうと思われるので、今後はこういう意識でこのコラムを書かせていただこうと思います。

◇さて、ここでコードレスとワイヤレスの違いが微妙です。ワイヤレスだって、線をなくしたものには違いがないからです。ここで私は独断で次のような定義を付け足してみます。すなわち、「コードレスは1対1(または規定された少数)、ワイヤレスは1対多」というもの。何となくイメージがしやすくありませんか?たとえば、コードレス電話といえば、電話本体と受話器(子機)の間を無線化して線をなくしたものです。これは、基本的に親機対子機という1対1の通信です。一方、ワイヤレスLAN(無線LANですね)は、数に限りはありますが、実用上、一つの基地局に対して、無数のクライアントを接続することができます。そういう感じでこの二つをうまいこと区別できそうです。

◇一方、この二つに対して移動体通信がどう違っているのか、これに関してはおそらく異論がないかとは思うのですが、複数の基地局間で通信ベアラ(チャンネルともいえます)をハンドオーバ(受け渡し)できるかどうか、これが一つのポイントになりそうです。無線LANにもハンドオーバ手順が用意されたものがありますから、この定義で言うと移動体通信になってしまいそうですが、場合によってはそのように呼んでしまってもこの際いいのではないでしょうか。しかし、ハンドオーバが可能と言うだけで、実際には移動しながら使えない場合もあるでしょう。ですから、たとえばここに、「ハンドオーバ手順を備え、実地で1km以上を時速30km以上で切断なしに接続を維持できるシステム」というような定義を足してしまってもいいとは思いますが、この辺は特に数値を定めずに実際に移動しながら使えるものとしておきましょう。そして、移動体通信と言う場合、もう一つ重要なポイントは、広範なローミングが可能ということ。浦和と横浜、とか、東京と福岡、などで同じサービスが利用できるというのは、「移動性」と考えた場合重要です。これは無線LANではまだ全く手が付けられていないと言っても過言ではないですね。ですから、まだまだ無線LANが移動体通信として認知されるのは遠い話と言えます。

◇とまぁ、ここまでがおおかた前置きになるのですが(相変わらず前置きが長いですなぁ)、無線LANがなかなかPHSに取って代わらない理由、ぶっちゃけて言ってしまうと、PHS=移動体通信システム、無線LAN=ワイヤレス通信システム、という違いにポイントがありそうです。つまり、PHSは屋外や移動中・移動先でも実用上さほど困難を伴わずに利用できるのに対して、無線LANは今のところ事実上屋内のみで、そのスポットからでると大概使えなくなってしまう、という場合が多かろうと思います。つまり、無線LANは「いざというとき」には使えないわけです。もちろん、PHSのエリアも携帯ほど広くありませんから、さらに行動範囲が広い人にとっては「いざ」の通信手段として携帯も併せ持つということもあることでしょう。これは要は使い方なんですが、まだまだ無線LANのホットスポットサービスは接続できるポイントを探す方が難しいくらいでして、モバイルでネット接続といえばPHSというのがとりあえず主流でしょうね、今のところ。

◇しかしながら、この辺でちょっとおかしな言葉をみなさんにお知らせしましょう。いえ、知っている方はピンとくるかとは思います。それは「第2世代コードレス電話システム」。そりゃなんじゃ?という人のためにさらりと種明かしをいたしましょう。この言葉、実はPHSのことです(実際はPHSと同等のシステムに対する総称ですが、事実上PHSしかないのです)。おやおや、PHS、ここで明らかに「コードレス」なんて呼ばれちゃっています。上での議論によるとコードレスと言えば、ワイヤレスよりも移動性の低い、移動とは無縁の概念に当たるわけです。そんなモノがなぜに今や「移動体通信」に?・・・謎ですね。

◇さて、実際のところ、PHSは当初は本当に、コードレスシステムとして考案され、そういう方向性でのサービスが開始されました。開始当時、私はばりばりの機械科生で、無線通信にはほとんど興味もなかったような人間でしたので、記憶はもちろん曖昧ですが、そんな曖昧な記憶の中にも、PHSのサービスが始まったときには「ちょっとした街角で公衆電話のように使えるおしゃれな個人電話」みたいな雰囲気を感じていたことが思い出されます。そうなんですね、当時は「公衆電話のコードをなくしてみたシステム」というイメージだったんです。そして、PHSはもちろん二重の意味でコードレスシステムであるということはみなさんご存じの通り。というのは、家庭用親機の子機として登録して使用可能だと言うことです。そういうことで、当時としては、「第2世代コードレス電話システム」という呼称にはなんの違和感もなかったでしょう。

◇ところがそんなところに、PHSを簡易型携帯電話として、本当の意味で携帯電話と同等の使い方をさせようとするキャリアがありました。それがDDIポケットです。もちろん、このことには善し悪しがあるでしょう。このような提案をしなければ、携帯電話の競合ともならずに、無事共存していた可能性も高いからです。しかし、Dポはあえてそこに挑み、まず、非常に高度な技術を組み込んだ基地局による大セルでエリア構築を行い、これによって、ハンドオーバなしで直線で1~2kmの移動まで可能にしました。また、高速ハンドオーバ手順が認められるとそれを取り入れ、さらには、道路・線路沿いなどに高感度・高指向性アンテナを重点的に配置して移動中の通信を意識したエリア展開を行いました。最終的にはパケット方式を独自に開発し、一時的な圏外に対するベアラの保証までやってのけました。なぜここまでやる必要があったのでしょうか。

◇私が思うに、DDIポケットは、当初から「PHSを移動体通信に」という信念を持っていたのではないだろうかと思います。そうでなければ、あの高度にインテリジェント化された基地局がサービスイン直後から設置され始めたことが説明できません。そのおかげで結局携帯電話に競合し、大敗を喫しはしましたが、しかし、2001年に入ってから、本当にDDIポケットが目指していたものが徐々に具現化してきているように私は感じます。それは、「コードレスシステムならではのしっかりとした接続感と、移動体システムの持つフレキシビリティ」とでも表現できるでしょうか、AirH”の接続の堅牢性は移動体通信の中でもピカイチですし、どこにいてもどう行動していても使えるという自由さは変わるものがない、と、少なくとも私は感じます。これこそが、DDIポケットがスタート当初から目標として置いていたものではないかと感じます。それは、社名「ポケット」と、当初のサービス名「ポケット電話」が示すとおり、いつでもポケットに、という提案にも現れているのではないでしょうか。

◇いつでもどこでもつながっている、これは、最近流行の「ユビキタスコンピューティング」につながる考え方ではないでしょうか。私自身は、このユビキタスコンピューティングなるものの存在意義には懐疑的ですが、とはいえ、AirH”によるユビキタス性にもっとも恩恵を受けている一人でもあったりするわけです。何しろ、どこに行ってもインターネットがそこにあるのですから。勝手知らない異郷の地に降り立っても、無限ともいえる情報量を誇るインターネットが常にそばにある、その安心感は何ものにも代え難いものがあります。

◇そういうわけで、単なるコードレスシステムだったPHSを、移動体通信にまで育て上げたDDIポケット、音声通話で苦戦した分数年の遅れをとりはしましたが、その理想はどうやら徐々に実現しつつあるようです。そしてそれは間違いなく、夢と妄言ばかりの「未来のケータイ」ではなく、今そこにあるPHSの、古くて新しい姿なのです。




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